幼稚園の頃の思い出  『お遊戯』

来年度から中学校の授業に、武道とダンスの授業が導入されるTVニュースを何度か観た。
ダンスの講習を受けている体育教師たちの、ぎこちない動きで踊る姿がとても印象的だった。
いや、正直ぞっとしたと言っても良い。
そして、「あぁ、体育教師にならなくて良かった」、「今年中学校に上がらなくて良かった」とも思った。
何故なら、僕は生来踊りという物が大嫌いなのか、幼稚園児の時のお遊戯の時間は僕一人だけ踊らず、小学校の運動会で披露する女子と踊るフォークダンスも苦痛だったし、大学生の頃流行ったディスコにも、行こうと思った事は一度も無かった。

ウメと二人で僕の実家に行った時、母から僕の幼い頃のエピソードを聞かされる事がある。
そのうちの一つが、僕の幼稚園時代のお遊戯にまつわる事だ。

二年保育だった僕の年少組の時、恐らく初めてのお遊戯の時間の事だったと思う。
他の子はみんな踊るのに、僕だけ踊らなかった。
困った先生が「桶狭間(おけはざま)君、どうしてみんなと一緒に踊らないの?」と僕に聞くと、「ママが人のマネをしたらいけん、言(ゆ)うた」と僕は答えた。(この時そう答えたのは、今でもはっきり覚えている)

ここからは初めて母に聞いた話になるが、それからも僕はお遊戯の時間は踊らずに過ごして、困りきった先生が家に来たそうだ。
先生は、「お母さんに人まねをしたらいけないと言われたそうで、なおき君だけがお遊戯の時間に、拳を握って直立不動のままで、どうしても踊ってくれないんです。お母さんから何とか言ってもらえないでしょうか」、と母に相談した。
それを聞いた母は、「お遊戯は人のマネと言っても良いマネだから、踊りんさい。人のマネをしたらいけんのは、悪い事をする人のマネなんよ」、と僕に言ったそうだ。
お遊戯にまつわる母の話も、僕の記憶もそれ以上は無いから、その後は母の言いつけを守って、僕はお遊戯の時間はみんなと一緒に踊るようになったのだろう。



       入園式を迎えた日の朝
画像



父がフジカ-6で撮ったものだろうか。
アルバムには、「成長した姿は嬉しかったが、親のもとをはなれて行く第一歩として一抹のさびしさを感じた」と書き添えてある。


※写真からの反省点:敬礼の仕方がなっていない。





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この記事へのコメント

軽井沢爺
2012年04月01日 20:06
そうか、爺もそんなことがあったな。
爺の時代はそもそも幼稚園に行っている子供はとても少なかったな、もちろん爺は行っていないし周りのガキ共も行かないで家の周りで一日中真っ黒になって遊んでいたものですよ。
爺はお遊戯やダンスは女の子がするものと思っていたもので小学校の低学年時代のお遊戯は大嫌いでした。
なんでこんな恥ずかしいことをさせるのかガキのくせに先生を恨んでいました。
中学生になってからは、ホークダンスが体育の時間にあり、爺はこの時間がいやでねいつも同じように思っている友達と逃げ回っていましたよ。
ただ好きな女の子の手を握れる唯一のチャンスでしたから
我慢してぎこちなく踊ったこともありましたが、そういう時に限って気に入らない子ばかりが自分のところに廻ってくるもので運の悪さを呪ったものでした。

でも今はそれすらも懐かしい思い出ですね。
今は手を握りたかった女の子は、たぶん触るのもためらうほどのババアになっているでしょうけどね。
まあお互いさまで、爺だってためらうほどのジジイになっているんだからね。
2012年04月03日 15:39
>軽井沢爺様

軽井沢爺様もお遊戯が嫌いだったんですね。
中学の体育の男女でフォークダンスというのは、「お遊戯」の要素は別にすると、とても羨ましいです。
僕は野郎ばかりの中・高で過ごし、暗黒の6年間でしたからね。
仮に現在の僕が中学生になったら、フォークダンスの時間は踊りもしないで女生徒に抱きついたままの僕を、教師が引っぺがし来る事でしょう。

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